人の足首ほどの高さの水平面をスキャンするレーザレーダと,そのスキャン面の上層をセンシング する超音波センサを組み合わせた複層(マルチレイヤ)スキャン法を考案して高信頼の障害物回避を 実現することによって,病院内環境に適切に対応して搬送作業を行う自律移動ロボットを開発した。
レーザレーダのデータから抽出した壁情報を用いる位置認識により,デッドレコニングで生じる位置 誤差を補正して望ましい経路の継続的走行ができるとともに,エレベータ自動乗降機能や運行監視機 能などを有しており,不特定多数の人のいる病院で動作の安定性と信頼性を確認して良好な結果を得 た。このロボットは警備や案内などの業務にも応用が広がると考えている。
A multi-layer scanning system, combining a laser radar which scans a plane approximately at the height of human ankles and ultrasonic sensors which sense the upper layers of the scanned plane, has been devised. An autonomous mobile robot equipped with this system, which transports medical materi- als within a hospital, has also been developed. The robot adapts to the hospital environment and can reli- ably avoid obstacles. The position recognition function using information about walls extracted from the laser radar data compensates for errors in the estimated positions derived by dead-reckoning, allowing the robot to travel optimum routes. With its automatic elevator boarding and travel monitoring functions, the robot has proven to be stable and reliable during operations in a hospital where general public exist. It is believed that the applications of this robot will expand towards services such as security and guide.
1. ま え が き
病院では各病棟と,薬剤部・検査部・材料部などの中央 部門各部署との間で,薬剤・検体・ X 線フィルム・医用材 料などの搬送業務が多数ある。これらの搬送業務を機械に まかせられれば,人は人でしかできない業務に専念するこ とができ,患者サービスが向上され,近年医療界にも求め られている経営上の合理化も進めることができる。
従来,この搬送業務を機械化する手段として,軌道やガ イドを使用する無人搬送車やエアシュータなどが使われて いる。これらの手段には軌道やガイドの施工,経路変更や 新しい目的地の増設にコストと手間が必要になるという問 題がある。これらの問題を解決する手段として,自律移動 ロボットを用いた搬送が考えられるが,人と同じ空間を移 動するための安全性と作業効率の両立,階層間を搬送する ためのエレベータ搭乗機能の実現が課題であった。
本稿は,上記の課題を克服した搬送ロボット「HOSPI」
に関するものであり,「HOSPI」とその運用システムの概
要,課題を解決するための技術的手段,およびフィールド テストによる実証などについて報告する。
2. 病院用自律搬送ロボットシステムの概要
病院職員が目的地を指示すると,あらかじめ記憶した地 図情報をもとにロボット自体が走行経路を決定し,目的地 に向かう。途中,人や車いすなどに遭遇しても検知結果に 基づき回避または一旦停止しながら,安全に移動する。移 動中はつねに通信ステーションへ位置や運行状況を無線送 信している。さらに,通信ステーションは各目的地に設置 したパーソナルコンピュータ(以下,PC と記す)へ情報 を伝達するため,各目的地の職員はロボットの状況をつね に把握することができ,また,この PC を用いてロボット を呼び出すことも可能である。2.1 自律搬送ロボット「HOSPI」
ロボットの構成および外観を図 1 に,仕様を表 1 に示す。
以下,特徴ある構成部分について記す。
病院内搬送用自律移動ロボットシステム
Autonomous Mobile Robot System for Delivery in Hospital
酒井 龍雄 * ・ 中嶋 久人 * ・ 西村 大輔 * ・ 上松 弘幸 * ・ 北野 幸彦 * Tatsuo Sakai Hisato Nakajima Daisuke Nishimura Hiroyuki Uematsu Yukihiko Kitano
* 生産技術研究所 Production Engineering Research Laboratory
特集「生産技術」
(1)タッチパネルディスプレイとスピーカ
附属のタッチパネルディスプレイは,停止中にはロ ボット後方に向き,搬送物をいれるための収納庫の鍵解 除や走行指示などの操作が可能となる。走行を開始する と進行方向を向き,ユーモラスな顔の表示とともに,
ディスプレイ下部にあるスピーカから音声を出すことに よって,
(a)注意の喚起
(b)親和性の向上 を実現している。
(2)駆動輪
本体中央部に 2 輪配置されており,2 輪の回転差に よって,前進/後退/回転を行う。
(3)センサ
安全を確保するため,下記のセンサを備える。
(a)レーザレーダセンサ
床面より約 100 mm の水平面をスキャン面として,
進行方向± 90 °を 0.5 °ごとに測距する
(b)超音波センサ
検知領域は頂角 30 °の円錐状,距離 200 ∼ 1200 mm とし,ロボットが物体に対してどの方向から近づいて も検知できるように,前面に 15 個,前面端部に 4 個,
側面に 8 個設置している
(c)バンパセンサ
下部全周に設置し,接触するとロボットは停止する
(d)赤外線センサ
本体下面コーナ部 4 個所に下向きに設置し,危険な 凹部を検知するとロボットは停止する
(4)制御部
ヒューマンインタフェイス用とモーションコントロー ル 用 の 二 つ の コ ン ピ ュ ー タ を 有 し (図 2 ), 両 コ ン ピュータは互いに動作を監視して安全を確保している。
2.2 搬送システム
通信ステーションおよび各目的地に設置する PC を用い ると(図 3),より使い勝手の良い搬送システムが構成で
Driving wheels Touch
panel
Ultrasonic sensors Monitor
axis
Battery Controller Storage
Laser radar sensor
Bumper sensor
図 1 「HOSPI」の構成要素と外観
More than 7 hours
12 V×2 Sealed Lead−Acid Batteries 20 kg
Max. 5.0 mm Max. 1.0 m/s 120 kg
1305 mm(h)×600 mm(w)×725 mm(d)
Utilization Power source Carrying capacity Passable step Velocity Mass Dimensions
表 1 仕様
Touch panel monitor
Monitor axis driver
Human interface computer
Storage lock
Storage door sensor
Communication module
Brakes Wheel drivers Emergency stop button
Wheel encoders Bumper sensor
Infrared sensors Laser radar sensor
Ultrasonic sensors Watch
dog
Motion control computer
Gyro
図 2 制御部構成
LAN
・Call command
・Wait command
・Condition
・Notification of arrival PHS or Wireless LAN
DestinationPC1
Communication station
Destination PC2 Destination PCn
図 3 「HOSPI」搬送システム
きる。ロボットは無線で通信ステーションに現在位置およ び状態の情報を送り,通信ステーションと各目的地に置か れた PC とは通信で情報を共有する。このシステムを用い ると,
(1)ロボットの状態監視
(2)ロボットの呼び寄せ
(3)火災時などでの邪魔にならない場所への停止指示
(4)複数台のロボットを運行する場合の効率の良い走行 などを実現する交通整理や配車などが可能となる。
3. 技 術 特 徴
病院内のように不特定多数の人がいる場所でロボットが 移動する際の最大の課題は安全の確保である。しかし,安 全に留意しすぎるとロボットの動作が遅くなり,ロボット で行う業務の効率が悪くなるのはもちろん,他の業務や人 の動きを邪魔することにもなる。そのため効率も考慮に入 れた安全対策が必要となる。さらに,複数の階にわたる搬 送作業も多く,安全対策および効率を考慮したエレベータ の利用も必要となる。以下,これらを実現するための技術 を説明する。
3.1 障害物検知・障害物回避
人や什器はもちろん,車いす・移動ベッド・点滴棒など 病院内で遭遇する物体を確実に検出することが必要となる。
そのために,レーザレーダセンサでそのスキャン面にある 物体の位置を精度良く検知し,また,スキャン面より上に ある物体は超音波センサで検出している。しかし,超音波 センサは検知した物体までの距離はわかるものの,その超 音波センサの検出エリア内での位置は特定できない。その ため,超音波センサをつねに用いていると,十分通過でき るところでも通過できないと判断して停止したり,不要な 減速や回避動作を生じる場合がある(図 4)。この欠点を 補うために,レーザレーダのデータを処理して脚状(柱状)
の形が認識された場合にのみ,超音波センサのデータを用 いることにした(図 5)。これは,通路などにある物体で 宙に浮いているもの(天井から吊り下げられているもの)
はなく,必ず脚をもつためである。この方法によって,前 述の問題が解決でき,良好な走行が実現できた。
3.2 速度制御
衝突の回避を行うためには,障害物との距離に応じてロ ボットの速度を調整する必要がある。そこで,
(1)通路上にあるものを必要以上に障害物として認識して 速度を落とすことがないよう,たとえば,壁を障害物と 認識せずに高速で移動することができる
(2)人に近づく場合に,人が安心できるよう離れた位置か ら減速できる
ことをねらって,衝突回避を考慮する物体検知エリアを 半楕円形とした(図 6)。そうすることによって,効率と 安全を両立した動作が可能となった。
Travelable passage width judged by robot
Actual passage width
Wall
Wall
Ultra sonic detection area
図 4 超音波センサによる検出
One of Columnar objects(a leg of table)
1. Robot detects columnar objects.
Laser radar detection area
2. Ultrasonic sensors are enabled, and Robot detects upper structures of the table.
3. Robot avoids the obstacle(table)
using Laser radar and Ultrasonic data.
4. Robot passes the obstacle.
Ultrasonic detection area
図 5 障害物回避
3.3 経路生成
あらかじめ,ロボットの稼動領域に,複数のノードおよ びノード間の接続関係を設定しておく。ロボットは目的地 を指定されると,ノードの接続関係をたどって,最適な経 路を生成する。ノードを利用した経路生成法を採用するこ とによって,
(1)通路でロボットが走行する位置の指定
(2)移動方向の指定
が可能となった。図 7 はノードとその接続関係を表した 例であり,通路
A
では通路の右側を移動し,通路B
では,移動方向により通る位置を変えている。ここで,ノード A からノード B への経路生成を行うと,点線矢印の経路とな る。ノードの接続関係から最適な経路生成する方法は,状 態空間グラフ(ノード間の接続関係を定めたグラフ)内で 開始接点と目標接点を結ぶ最小コスト径路を求める A* ア ルゴリズムを利用している。
3.4 位置認識
ロボットはある位置・方向からの移動量を,エンコーダ で検出した車輪の回転と,ジャイロセンサで検出したロ ボット本体の回転とから演算して自己の位置・方向を推定 している(デッドレコニング)。しかし,デッドレコニン グだけでは車輪のすべりなどによって誤差が累積し,その
推定位置が不正確になる。そのため,周囲の環境を認識し て,あらかじめ記憶している環境情報と照合し,推定位置 を修正する必要がある。その手段として,さまざまな方法 が提案されているが,人の通行や臨時に置かれた車いすや カートなどの影響を受けない方法を採用する必要があった。
そこで,レーザレーダデータを処理して検出した壁のラ インと,あらかじめ地図情報として登録した壁のラインと を照合して自己位置を認識する方法1)を採用した(図 8)。
壁は通路を走行して搬送を行う場合には,検出しやすい対 象であるが,設置または臨時に置かれた什器を壁として検 出するおそれがある。このような場合でも,検出結果を壁 のラインと間違って位置を修正することや,検出結果と照 合する登録地図情報がなく位置不明となることがないロバ スト性を実現でき,実用的な位置認識ができる。この位置 認識方法によって,標識がなくても位置認識ができ,自律 移動の特徴である無軌道と合わせて,通路になんらの施工 も必要とせずに導入が可能なロボットを実現できた。
3.5 エレベータ搭乗
車輪を移動手段とするロボットにとって,複数の階にわ たる搬送を行おうとしたときに,階間を移動する手段はエ レベータ(以下,EV と記す)ということになる。しかし,
ロボット専用の EV を用意することは難しく,人が使用し ている EV を利用することが必要となる。このとき,EV の 利用方法として,
(1)ロボットと人が同時に EV に乗れるようにする
(2)ロボットの利用時,人は EV に乗れないようにする の 2 通りの考え方がある。しかし,(1)の方法を採用す ると,
(a)EV が来ても人が乗っていて乗り込めない
(b)乗ろうとするロボットが降りる人の邪魔になる
(c)人が乗っている EV にロボットが乗ろうとしたとき に,狭い EV の中で大きなロボットが向かってくるた め,人が恐怖を感じる
(d)ロボットが乗り込めたとしても,人が他の階で先に
Distance for speed regulation
Obstacle Wall
Wall
Slow down area
Traveling Direction Robot
Stop area
図 6 衝突回避
Node
A
B Two−way Connection
One−way Connection Wall
Generated Path
Passage I Passage II
図 7 経路生成
Preprogrammed Wall Line Estimated
position Corrected position
Matching
Detected Wall Line
図 8 位置認識
EV を降りようとしたときに,ロボットが邪魔で降り られない
(e)ロボットが乗っている EV に人が後から乗るとロ ボットが先に降りようとしても人が邪魔で降りられな い
などの問題が考えられる。
そこで,(2)の方法を採用し,ロボット専用モードでの 運転が可能になるよう EV 制御部の改造を EV メーカの協 力を得て行った。具体的には,人と乗り合わせないように するために,EV 内に人がいるかどうかを検知するための 手段を EV 内に取り付ける。さらに,EV 制御装置とロボッ トは無線で通信を行うようにした。もちろん,EV 制御装 置とロボットとは直接通信する必要はなく,前述の通信シ ステムなど他の機器を介して通信を行うことも可能である。
ロボットによる EV の利用の詳細は,図 9 のように,
(a)ロボットが EV 搭乗を EV 制御装置に要求し,EV が ロボット専用になるまで,人の邪魔にならない場所で 待機する。EV 制御装置は現在登録されたサービスを 最後まで行い無人になると,EV をロボット専用とし,
ロボットが待機している階に EV を直行させる。この とき,EV 制御装置は EV がロボット専用になったこと をロボットに知らせる
(b)EV がロボット専用になるとロボットは EV の扉前に 移動して待機する
(c)EV が到着し扉を開く
(d)ロボットは乗り込める分だけ前進して停止し,行き 先階を EV 制御装置に通信すると,EV 制御装置は扉を 閉める
(e)EV が移動中にロボットは降りる体制を整える
(f)EV が所定の階に到着し扉を開く
(g)ロボットは EV から降り,降りたことを EV 制御装 置に知らせる。EV 制御装置は,EV を人の利用する通 常の運用に戻す。
の手順で行われる。
4. フィールドテスト
滋賀医科大学附属病院において試験運用と改善活動を繰 り返し,ロボットの完成度を上げた。試験運用は,花屋や 売店があり,患者・職員だけでなく見舞いなどの多くの人 が通行する場所で行った。経路は図 10 に示すように,1 階 と 3 階との間をエレベータを利用して移動する片道約 120 m の行程であり,詳細は文献2)に示している。
フィールドテストで課題となったのはやはり安全と効率 の両立である。安全に関しては,衝突しないことだけでは なく,ロボットを見て人が不安感を抱かないことが重要で ある。そのためのポイントの一つは走行速度であり,病院
関係者の意見を取り入れながら調整したところ,人が近く にいる場合には 0.3 ∼ 0.4 m/s 程度が適当であるという結 論に達した。
また,人に対してロボットが受け入れられるように(人 との親和性を向上)することもポイントの一つとなる。そ のためには,ロボットのヒューマンインタフェイスが親し みやすいものであり,操作方法がわかりやすいことが大事 である。さらには,あらかじめロボットが走行する場所で あることを知らせることも必要であることがわかった。
以上のような改善活動を行うことによって,ロボットが 人の通行する場所でエレベータも利用して,安全かつ効率 的に業務がこなせることを実証できた。
5. あ と が き
筆者らは,病院というさまざまな人の往来がある場所を 移動して業務を遂行できる搬送ロボットを開発した。また,
その機能・性能について実際の病院で運用テストを行い,
実用性を検証した。
(b) (c)
(d) (e) (f) (g)
(a)
図 9 エレベータ搭乗手順
Dept. of radiology Flower
Store shop
EV
EV
Cranial nerve surgery
図 10 フィールドテスト経路
本ロボットは,経路への施工が不要であるため,既存の 施設にも導入可能であり,病院以外も含めてさまざまな搬 送用途に使用できる。
今後,さらにロボットの知能化を進めて利用範囲を広げ,
搬送作業の軽減,経営コストの合理化に貢献していきたい と考えている。
なお,本ロボットシステムの開発に当り,運用テストに 協力していただいた国立大学法人 滋賀医科大学および同 付属病院の関係各位に謝意を表します。
*参 考 文 献